- 連載 -
第24回 涙の胃カメラ物語
小山美穂
成功の秘訣は・・・
 私がまだ20代の頃、今で言う"ベンチャー起業家"として大成功を遂げはった、大阪のある経営者の方に初めてお目にかかる機会がありました。

 これはまたとないチャンスやとばかり、若気の至りで無謀にも「成功の秘訣は何ですか?」てお尋ねしました。そしたら、間髪を入れず返って来た答えは「第一に信用。けど、もっと重要なことは健康管理です。人は元気やないと楽しいアイデアも浮かんで来んし、新しいことに挑戦する勇気も出まへん。健康こそが経営者の最も大切な財産です」ていう簡単なことでした。

 苦労話を期待してただけに、肩透かしを食うたような気がしましたけど、その自信に満ちた言葉が妙に印象的で、それ以降、私自身も健康管理には人並以上に気ぃつけて、お蔭さまで今日まで大した病気をすることもなく過ごして来ました。

 「健康に気ぃつける」言うても、そないたいそうなことやありません。煙草を吸えへん、インスタント食品を食べへん、粗食を旨とする、近距離は車や電車に乗らんとできるだけ歩く、些細なことにはこだわらずストレスを溜めんようにする、ともかく毎日笑うて暮らす…そんな、日常生活でできることばっかりです。それに加えて、面倒やけど健康診断を年に1回必ず受けて、「あぁ、今回もどうもなかったわぁ」て、毎年自分の健康を確認して来ました。

 ところが、昨年の人間ドックでは、ちょっとした異変があってんよ。いつものように身長・体重測定から始まって、血液検査、胸部X線撮影と、順調に検査が進んでいきました。そして、皆さんもご存知の、ベッドが宇宙船の中みたいに横になったり逆さになったりする胃のX線検査があるでしょ、あれで事件(?)は起きました。

 「イチゴ風味のバリウムは、なかなか美味しいやん」てアホなこと考えてたんですが、なぜか同じ角度の写真を何枚も念入りに撮られて、変やなぁ〜と感じてました。すると、レントゲン技師の人が看護婦さんに何やらコソコソ耳打ちをし、看護婦さんは不自然なぐらいニッコリ微笑みながら私に言いました。「小山さん、後でドクターから説明がありますので、全ての検査が終ったら、受付まで来て下さい」「えっ? なんでですのん?」「いえ、ちょっと気になるもんが写ってただけで…」「な、何が写ってましたん?」「それは、私の口からは申し上げられないんです。ね、そんなに心配なさらずに、ともかく直接ドクターからお聞き下さい…」(ガ〜ン!!)
綺麗なもんですね〜私の・・・♪
 その後の心電図検査では、脈拍は早鐘の如く、血圧測定では超高血圧症と記録されたんやないかと思います。一通りの検査を終えて、不安一杯でドクターのとこへ行くと、
「小山美穂さんですね。これが今のX線写真です」て言うて、電灯のついた白いパネルに6枚のフィルムを貼って見せてくれました。(何が写ってようと、ここで落ちつかなあかん…!)

 「先生、私、自分の背骨を見たん初めてですけど、綺麗なもんですね〜♪」…けど、ドクターは私のサブい冗談にニコリともせず、「どこ見てはりますねん。今は背骨は関係ありません。ほら、胃の上部にようけ黒い"点々"が写ってるでしょ。これ、胃カメラで検査せなあきませんから、予約して帰って下さい」。

 なにしろ、こんなことは生まれて初めてやったから、「私、生命保険なんぼかけとったやろか…」とか色んな不吉な思いが頭をよぎったような気がします。けど、病気が見つかるんやったら早い方がええ。早速、翌日に胃カメラ検査を受けることにしました。

 さて検査当日。あ〜ぁ、待合室はしょぼくれた顔した患者さんばっかりやわ。ところで胃カメラは「飲む」て言うから、私はてっきり、太目のうどんを噛み切らんとスルスル〜ッて飲み込むような要領やろと思てましたけど、そんな簡単なもんやありませんねぇ。初めに、待合室で麻酔薬を口に含んで、うがいをするような姿勢で待つこと5分間、これでまず喉を痺れさせるねんてぇ。
 検査室に入ると、獣医さんのとこにあるような小さいベッドと、大きなテレビモニターがあって、検査をする先生がムチみたいな内視鏡カメラを持って待ち構えてはりました。すると看護婦さん、「はい、そしたら、左を下にしてこのベッドに寝て下さい」(え? 服はこのまま? いきなりかいな!)「今から胃の動きを止める注射をします。ちょっと痛いし、目ぇがボ〜ッとするかも知れませんよ〜♪ それから、気分が悪くなってカメラが奥へ進めなくなる人が時々いてはりますけど、そうなったらすぐ検査を中止しますからね〜」(…恐ろしいことを平然と、にこやかに言わはる人やわぁ、ほんま!)
今日はクランケ 生検や〜
 「はい、これ(口が閉じないようするマウスピース)をくわえて〜。 では、入ります!」(ちょっとぉ、賭場のツボ振りとちゃうでぇ!)先端が青く眩しく光るのがチラッと見えただけで、カメラは容赦なく口の中へ。カメラを送り込む手つきは、両手で凧揚げの糸を操る仕草に似てるように見えました。(今度から、「胃カメラを飲む」んやのうて、「突っ込まれる」に表現を改めるべきやと思うわぁ!)

 目の前のモニターには、見覚えのあるノドチ…、いや口蓋垂。ここまでは自分でも鏡で見えるとこやけど、そこから先は、初めてカメラが踏み込む神秘の世界。検査は決して気持のええもんやないけど、初めて自分の体の中が覗けるのは、ちょっとワクワクするような複雑な心境やわぁ♪

 「今から食道を通ります。曲がるときにノドの奥にぶつかりますよ〜」(グェッ!)カメラが奥へ進むたびに、吐き気を催すのを必死にこらえながらも、私の、注射でちょっとボ〜ッとなった両目は、体の中を映し出す画面にどんどん引き込まれていきました。昔『ミクロの決死点』ていうSF映画があったでしょ。お医者さんがミクロの大きさになり、小型の潜水艦で患者の血管に入って難病を治療した、あの場面を髣髴とさせるわぁ。

 前日、「胃カメラ飲むねん」て友達に言うたら、「あんたのお腹の中、きっと真っ黒やから、ついでに治してもらい」て励まして(?)くれたけど、実際は"善人"をイメージさせる一面淡いピンク色。自分で言うのもなんやけど、なかなか美しい世界です。(明日、友達に電話かけて文句言うたらなあかんわ…)
 カメラの直径は8ミリぐらいらしいですが、ノドを通る感覚では直径3センチほどもあるように思えて、このままやったら私、窒息してしまうんやないかと思えてきました。けど、試しに深呼吸をしてみたら、あら不思議、息を吸うのも吐くのも何の支障もないねん。「そらそうやわ、気管支と食道は別のもんやもん…」て、当り前のことに納得しながら、何ごとも見逃すまいとモニターを見続けました。
またまた先生のつぶやき
 カメラは胃の壁面をズズ〜ッとすべるような感じで、四方八方をくまなく明るい光で照らして行きます。「あぁ、こいつやな!」先生のつぶやきに画面に目を凝らすと、小さな突起が見えました。
 「生検!」(せいけん。英語では"Biopsy"て言うて、採取した細胞が良性か悪性か調べることやそうです)…

 すると看護婦さんが針金みたいなもんを持って来はりました。

 えぇ〜!? まだ何か突っ込まれるんやろか、と思う間もなく、それはスルスル〜ッと胃の中に入り、先端の輪を器用に使うて、ゲームセンターのUFOキャッチャーみたいに突起をとらえて引っ張りました。
「あれ? 全部取れてしもたがな…血ぃも出えへんかったな」と、またまた先生のつぶやき。

 「次は、十二指腸に行きます。またぶつかるかも知れません」…いつの間にか、目の前で繰り広げられる不思議な世界の映像をもっと見たいような気分になってきました。けど、吐き気をずっとこらえてたら、悲しいわけでもないのに、涙がボロボロ出て止まれへんねん…。そして、ようやく検査終了。「そこのティッシュペーパー使うて下さいね」て言われて、口ではなく目をぬぐってたら、看護婦さん、怪訝そうに私の顔を覗き込んではりました。これは決して苦しみの涙とちゃう。神秘の映像を観ることのできた感動の涙やわ!
これが一番大切やねぇ〜・・・
 検査結果は1週間後。
「小山さん、よかったですね。小さいポリープが1つだけありましたけど、生検の結果、良性でした」
 「けど先生、レントゲンには5つも6つも写ってましたけど…」
 「あぁ、あれね。泡か何かとちゃいますか? X線と胃カメラはえてして食い違いがあるもんです」
 「"泡"〜??」(ほんまかいな?そんなええ加減な)
 「…ともかく、しっかり診たから大丈夫。1年後にまた検査を受けて下さいね」。

 こうして、今回の人間ドックも、結果的には"無罪放免"となりました。考えてみたら、これまで何の異常も見つかったことがない方が珍しいのかも知れへんね。健康が当り前やと思い込んでたばっかりに、今回みたいな小さな異常にも動揺した自分がちょっと滑稽に思えました。

 人間、二十歳を過ぎたら、気持はなんぼ若ぁても、肉体の老化は避けられへんもんやていうことをしっかり肝に銘じ、家族や周囲に心配かけへんよう、これからも健康には注意して行かなあかんなぁと改めて思いました。そして、その昔、ベンチャー経営者に言われた「健康こそが最も大切な財産です」ていう言葉の重みが、今やっと理解できたような気がしました。
(February 2003)
(イラスト: Yurie OKADA)

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